奈良市にある東大寺大仏殿。その偉容は見る者の心を一瞬で虜にし、そして穏やかにさせてくれる。
今年の8月に河口湖で初開催された「PEACEFUL PARK」の特別編とでもいうべきライヴが行われたのは、その大仏殿前庭に設けられた野外特設会場だ。
なぜ東大寺での開催だったのか。まずは何よりも、コロナ禍の2020年7月にMISIAが出演したテレビ番組『音楽の日』で、ここ東大寺大仏殿において歌の奉納を行ったという縁がもたらしたものということが大きい。
さらに今年は、東大寺初代別当(僧侶)、良弁(ろうべん)僧正の没後1250年に当たり、10月14日(土)から16日(月)までの3日間、大仏殿の前庭で御遠忌法要が厳修された。その一環の「慶讃奉納公演」として開催されたのが、「東大寺開山良弁僧正1250年御遠忌慶讃MISIA PEACEFUL PARK Dialogue for Inclusion 2023」なのだ。
さらに言えば、「PEACEFUL PARK」が持つコンセプトと大仏造立を発願した奈良時代の人々の世の安寧を願う気持ちが響き合っていることも重要なポイントだ。
改めて「PEACEFUL PARK」のコンセプトに触れると、音楽やアート、食を通じて、互いのこと、社会のこと、世界のことを楽しく学び、混ざりあい、ひとりひとりが、“インクルーシブとは何か”を体験し、体現することで、未来へのチャリティにつなげる祭典。
そして、“個性豊かなアーティストとともに、ハッピーな空間をつくり、平和へのメッセージを紡ぎましょう。
世代、ジェンダー、経験、ルーツなど、さまざまな違いをこえて。さあ、いっしょに。多様性の、その先へ”と続く。
「PEACEFUL SCHOLARSHIP」での子どもたちのサポートに向けたドネーションボックスの設置など、8月の河口湖でも話題となった様々な取り組みの中でも好評だったのが「PEACEFUL TABLE」。
1つの“テーブル”に集って食事や会話を楽しめば、さまざまな違いを超えて、幸せな時間を共有できる、という理念のもと、地元の食材を使った美味しい料理をいただけるというプログラムだ。
今回は、中村耕平シェフ、佐賀拓也シェフ、阪本達也パティシエといった奈良で活躍する3人のシェフとパティシエが共演したスペシャルなお重が登場した。
しかも、奈良の美味しいをギュッと詰め込んだお重を東大寺の「本坊」という普段は拝観できない特別な場所でいただけるという贅沢なものとなった。
中村シェフの一の重では、東大寺が建立された奈良時代に国際都市としての顔も持っていた“奈良”をイメージさせる海と山の幸をふんだんに使ったイタリアンで、シルクロードの起点であるローマ、終着点である奈良を結びつける壮大なものだった。
そして佐賀シェフの二の重は、大和牛や地元の農場で採れた野菜などを使用した“今の奈良”の魅力が存分に味わえる料理だった。
有名な大和郡山の金魚を曽爾高原産のトマト「麗花」に見立ててコンソメゼリーで包んだ一品は見た目にも楽しめた。
最後はデザート。阪本パティシエの三の重は、奈良県内の各地から選りすぐりの食材を使用した、実に9種類に及ぶスイーツが楽しめる華やかなお重。
一口サイズのスイーツを口に含むたびに、まるで違う世界に連れ出されるような感覚になった。
ドリンクでは奈良の日本酒やスパークリングワイン、柿の葉茶など、こちらも奈良尽くし。
海外からの訪日客が日本各地の観光地を訪れている今、日本に住む我々も各地の食材や料理を知ることで、国や言語の壁を乗り越えて、より活発な国際交流を生むきっかけになるに違いない。
開場時間を迎えると、会場の入り口付近で、地元奈良出身かつ河口湖公演にも登場した明石家さんまの「生きてるだけでまるもうけベル」が観客を出迎えた。
大笑いしたように大きく開けた口の中に鐘があるこのモニュメントは、「鳴らすと幸福になれる⁉️」と言われている縁起もの。
河口湖に続き、東大寺でも多くの人が集まる人気スポットとなっていた。
ライトアップされた大仏殿に見惚れていると、ビジョンには「PEACEFUL PARK」のメッセージを思い思いの歌にして披露する様子が流される。
その最後に、ビデオメッセージという形でコメントを寄せてくれたのは、明石家さんま。東大寺のすぐ近くにある小学校に通っていた頃捕まえたムササビが剥製になって今でも学校に飾られているといった驚きのエピソードを披露してくれた。
【LIVE】
荘厳なピアノとストリングスの響きに導かれてステージに登場したのはMISIA。振り袖にインスパイアされた赤い衣装が大仏殿に映える。
ドラムのカウントから始まった1曲目は「傷だらけの王者」。「ラグビー ワールドカップ 2023 フランス大会」のNHKテーマソングだ。
元男闘呼組の成田昭次が率いるNARITA THOMAS SIMPSONとのコラボレーションという、いきなりスペシャルなステージが実現した。
オーディエンスはPEACEFUL PARKのロゴが入ったキャンドルライトを左右に振って応える。
「私たち、心を込めて音楽を奉納させていただきます。ここにPEACEFULな気持ちと時間をたくさん生み出していきましょう!」とMISIAが挨拶すると、NARITA THOMAS SIMPSONにバトンタッチ。
「ボストンバッグ」を披露した後に、最近「成田商事」からバンド名が変わったことに触れ、成田がバンドメンバーを紹介した。
ドラムの青山英樹を「青山シンプソン」、ベースの寺岡呼人を「ヨヒトーマス」と、なんとなくラモーンズ風になっていたのが、永遠のロック少年の面影を感じさせた。
NARITA THOMAS SIMPSONの3人に元男闘呼組の前田耕陽、岡本健一、高橋和也の3人を加えてRockon Social Clubとしても活動している彼ら。
最後はそのRockon Social Clubの楽曲「遥か未来の君へ」をパフォーマンスした。
どんな時代でも希望の種を捲き続けるという力強い想いを込めたロックバラードが大仏殿前の特設会場に響き渡った。
「チクショー飛行」「マロニエの花」の2曲を披露したのはLittle Black Dress。
「今日は皆さんに、PEACEFUL、POWER、ENERGY、いっぱい持って帰っていただきたいという想いを込めてお届けしたいと思います」(Ryo)
「チクショー飛行」は歌謡曲とロックが融合した曲で、「マロニエの花」はシティポップにファンクの要素が感じられる楽曲となっている。
様々な音楽的要素をLBD風に解釈しながら、Ryoの表現力豊かなボーカルが8000人のオーディエンスを魅了していった。
大きな拍手で迎えられたのは、元ちとせ。「ワダツミの木」のゆったりしたレゲエ基調のリズムが流れると自然と会場がうねり出す。
そこに独特の節回しの艶やかなボーカルが加わると、一瞬で元ちとせの歌世界が現出する。
少ない音数、間を効果的に配したアレンジが逆に雄弁に歌のメッセージを伝える。間奏では再び大きな拍手が起こる。
曲終わりでMISIAがステージに登場して改めて元ちとせを紹介した。
「元ちとせさんと一緒に、世の中の安寧を祈って建立された、この東大寺で歌を奉納できるのがとってもうれしいです」
それを受けて元ちとせが、「私の方こそご一緒できるなんて思ってもみなかったのでうれしいです。本当にありがとうございます」と感謝を伝えた。
そして、「せっかく奄美大島からやって参りましたので、こうして皆さまに出会えたご縁と、今も音楽を続けられているということへの感謝の気持ち、そして世界が平和であってほしいという祈りを込めてMISIAさんと1曲、一緒に歌わせていただきたいと思います」そう言って2人で披露したのは、「腰まで泥まみれ」。
「花はどこへ行った」などで知られるピート・シーガーの反戦歌を日本のフォークシンガー中川五郎が訳詞したものだ。
元ちとせは自身のアルバム『平和元年』に同曲を収録しており、さらに言えば、MISIAは自身のライヴで「花はどこへ行った」をカバーしている。
このイベント、この場所で、2人のシンガーが邂逅したからこそ実現したコラボレーションであり、連綿と続く音楽の力、そして「PEACEFUL PARK」のメッセージを凝縮したシーンだった。
「多くの素晴らしいアーティストの方たちとこの特別なステージに立てていることに喜びを感じています」と元ちとせとのステージのあとにMISIAが感謝を伝えて披露したのは、開場中や転換の間にビジョンで流されていた「PEACEFUL PARK」のメッセージのMISIAヴァージョン。
各ミュージシャンの見せどころを存分に含んだファンクをベースにしたグルーヴが体を揺らすと、そのままボーカルのアドリブで「Higher Love」へとつながっていく。
このあとに披露した「希望のうた」も含めて、前者は藤井風、後者は矢野顕子が楽曲提供したもので、音楽は一人ではできない、それが引いてはインクルーシブな世界の実現という「PEACEFUL PARK」のメッセージと共鳴する選曲に深い感銘を受けた。
もちろんパフォーマンスは圧巻だ。「希望のうた」の終わりには拍手と歓声がしばらく鳴り止まなかった。改めて音楽の力と尊さを思い知らされた。
「私が初めてこの東大寺で歌を奉納させていただいたのは、今から3年前の2020年、新型コロナウイルスの1日も早い収束を願っての奉納でした。あの時はソーシャル・ディスタンスでバンドともこんなに近くなかったですしね。私たちはこの3年間の教訓を生かして、共に助け合って生きていかなければいけないなと思っています」
3年前に奉納した「さよならも言わないままで」を、3年分の教訓と、そしてこれからの祈りを込めて新たに奉納した。
続けて「逢いたくていま」「愛をありがとう」ではシンプルなアレンジがMISIAの歌声を際立たせ、背景にある大仏殿ごと響いているような迫力があった。
「ここ東大寺が建てられた当時、世の中は飢饉や伝染病、そして人々の争いがあって、すごく不安定でした。そこで世界の安寧を祈って建てられたのが東大寺なのだそうです。そこには、人だけじゃなくて動物も植物もみーんな共に反映していけますようにという祈りが込められているそうです。今、この時代に持続可能な世界を目指して、“共存”だったり“多様性”だったり、多様性のその先にあるインクルーシブな世界というものが唱えられていますけど、もう1200年以上前から同じようなことが祈られてきたんだなって、先人たちの想いに改めて驚かされています。やっぱり人っていうのは、憎しみや悲しみ、争いだけでは疲弊していくしかなくなる。だからこそ争いじゃなくて対話によってわかり合うことができるはずだし、共に生きていくことができるはず。そうしたらきっと素晴らしいものが残っていくんじゃないかなということを先人の想いから教えられています」
次にMISIAが紹介したゲストは.ENDRECHERI.。「堂本剛さんは奈良出身で、東大寺でも歌を奉納されています」
ステージに登場し、大仏さまに向かって深々と一礼する姿が印象的だった。1曲目は「街」。
彼が生まれ育った奈良に想いを込めて作った楽曲だ。MISIAはコーラスとして参加した。
2曲目の「あなたとアナタ」では、Aメロから歌唱に参加し、曲によって2人のグラデーションが変わるコラボレーションは、先ほどMISIAが自身のMCで触れた“共生”という言葉を具現化したようだった。
.ENDRECHERI.が最後に披露する楽曲「LOVE VS. LOVE」は彼のこんな言葉から始まった。
「皆さんの人生がそれぞれあるように、愛の形もそれぞれなんです。僕たちっていうのはいつも愛というものを身体に感じながら、自分自身が愛であることを理解しながら生きているのだと思います。僕たちには愛がある。それぞれなのは当たり前。だからこそ愛は求めるのではなくて与えるものなんだ。愛っていうものは真っ直ぐに僕たちが生きていくことなんだ。それをメッセージに込めた楽曲です。皆さんのそれぞれの胸の中にある愛を、楽曲を奉納させていただいている間、この空間いっぱいに自分の身体から放出してください。そしてここを愛いっぱいの空間にしましょう」
〈LOVE VS. LOVE〉というフレーズをリフレインしながらMISIAと歌い合うことで、空っぽな空間が満たされていくような多幸感が得られた。
キャンドルライトが揺れる中、MISIAがパフォーマンスしたのは「アイノカタチ」。
まるで.ENDRECHERI.への返歌のようにも聴こえる歌声が何重にも意味を成して放たれていく。
さらに続く「明日へ」では、MISIAが込めた全てのメッセージが聴く者の心の適切な場所に適切な形で収まり、8000人のオーディエンスがひとつになっていくのがわかる。
ラストはその日登場したゲストもステージに呼び込んで、全員で「あなたにスマイル:)」を最高に楽しく奉納した。
「大仏さまにも拍手―!世の中がハッピーで、安寧で、平和でありますように!」
この日見たもの、聴いたものは、紛れもなく音楽だった。それが直ちに世界平和に貢献するものでも、公平な世の中を実現するものでもないのはわかっている。
けれど、この日東大寺で様々なアーティストが紡いでくれたひとつの音楽は、それを見た者、聴いた者の心と身体の中に残り続ける。
それが人に伝わり、小さなきっかけになっていく。その出発点として「PEACEFUL PARK」が描き出したささやかで鮮やかな点が、これからどんな線になって絵になっていくのか、それが楽しみだ。
文:谷岡 正浩(たにおか まさひろ)、
PEACEFUL PARK実行員会スタッフ
写真:木内 和美(きうち かずみ)、SANTIN AKI